野坂神社

・全景


・歴史

下記の絵馬は、大分市三佐地区八坂に鎮座する野坂神社境内にあります。私が子どもの頃は、境内の鳥居そばの小屋のような中にあり、鍵もかかっていなかったので、よく中で遊んでいました。いま考えると恐ろしい限りです。(落書きはしてませんよ、笑)
現在は本殿向かって左側の立派な大型ガラスの展示室内にあります。以下、資料の抜粋です。

乙津川の河口部に位置する三佐は、1623年岡藩の参勤交代の港が置かれて以来、御茶屋(藩主の宿泊施設)を中心に、御座船(藩主専用船)住吉丸をはじめ参勤交代に従う岡藩船の港湾施設が設けられて港町とそて発展したところです。
この船絵馬は、大阪から三佐へ帰港する岡藩の参勤船団の模様をみごとに描いたもので、10代岡藩主中川久貴が航海安全を祈願して1813年野坂神社に寄進、架蔵されたものです。
絵馬中央下部には「遠見燈籠」(灯台)の施設が描写されていますが、その跡地は現在も小丘状として地区の皆さんによって大切に保存されています。
毎年4月28日・29日(みどりの日、旧天皇誕生日)に行われる三佐の野坂神社春祭の(秋祭りもあります、ただし、山車はでませんが、、、)圧巻は、太鼓を乗せた引き山車やみこし型の飾りを付けた担ぎ山車、美しく飾り付けられた人形山車で、
三佐10地区の青年によって巡行されます。                                                                                      =市報おおいた平成12年度4月1日号=裏表紙より


野坂神社境内に菅家祖先天満社改築

三佐地区の、野坂神社境内に併祀されている天満社の社殿改築工事が、別府市の幸建設(幸康生社長)の設計施工のもとに実施された。この程、改築工事が終わり、12月8日、竣工式ならびに御神体の遍座式が、関係者出席のもと執り行われた。
この天満社は、弘化元年(1844)当時三佐村に住む菅家一族が、天神講を結成し、祖先崇敬の核として造営した。
その後、昭和4年(1929)に改築されているが、経年の雨漏りなどのため、屋根瓦、土台など劣化、老朽化が甚だしく、部分的な補修も困難であったため、菅家天神講メンバー(菅清志代表、23家)で検討の結果、現在地において、全面的に社殿改築を進めることとなった。提供、菅 彰さん
=ツーウェイ三佐版ふれあいプレス平成10年12月19日=より  *この日はわたしも天神講の一人としてお祭りに参加しました。





・神輿


・獅子


愛宕社

三佐の愛宕社の改築工事が終了

大分市の三佐の愛宕(あたご)社の改修工事が終わり、23日、同所で完成式があった。
愛宕社は地区のお社。江戸時代初期に近くの海原地区に建立。135年前に現在の場所に建て替えられた。しかし、建物が老朽化したため、昨年5月から改修工事をしていた。新しい社の内部には古い社の彫刻飾りをそのまま取り入れている。
完成式には氏子や住民ら約40人が参加。新しい社の完成を祝った。氏子総代の池永善人さんは「今後も地区住民で社を守っていきたい」と話している。